2017/07/18
スピントロニクス材料における表面不活性層の深さ分析に成功
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)物質創成科学研究科 田口宗孝(たぐちむねたか)特任助教、大門寛(だいもんひろし)教授、理化学研究所(理事長:松本 紘)放射光科学総合研究センター 大浦正樹(おおうらまさき)ユニットリーダー、イタリアIstituto Officina dei Materiali CNR Laboratorio(物質材料国立研究所)のG. Panaccione(ジャンカルロ・パナチオーネ)博士、イギリスDiamond Light Source(ダイヤモンド放射光施設)の G. van der Laan(ゲリット・ヴァンデルラーン)教授らの国際共同研究グループは、放射光施設Diamond(イギリス)と大型放射光施設SPring-8※1(日本)の世界最高性能のX線光電子分光※2実験と理論解析を組み合わせることで、スピントロニクス材料でデバイスを作る際に妨げとなる表面不活性層の深さ分布を、定量的に評価することに成功しました。不活性層の層構造を非破壊で定量的に測定できるようになったことで、スピントロニクスデバイスの開発研究が大幅に促進されることが期待できます。
本研究成果は、英国の科学電子ジャーナル『Nature Communications』(7月17日付け【プレス解禁日時:日本時間平成29年7月17日(月)午後6時00分】)に掲載されます。
【解説】
半導体素子の微細化による限界が性能向上に限界が見えている現在、電子の持つ電荷の他にスピンも利用して情報処理速度を向上させようとするスピントロニクスデバイスの開発が盛んに行われています。20年以上にもわたるスピントロニクスの研究からスピントロニクスデバイス材料においては、表面における電子の移動度と磁性が内部より低く活性が低いことが知られていましたが、これまでの研究では極表面しか検出できなかったため、その不活性な表面層がどれだけ深くまで存在してデバイス特性に影響しているかという情報は全く得られていませんでした。本研究結果は、不活性な表面層の厚さがこれまでの予想(数原子層)よりも非常に大きく、数十nmサイズのデバイスで用いられる電導層の厚さ(数nm)とほぼ等しくデバイス性能に深刻な影響を与えていることを世界で初めて明らかにしたものです。
イタリア・イギリス・日本の研究者から構成された国際共同研究チームは、硬X線光電子分光(HAXPES)という実験手法と理論解析を組み合わせ、2つの代表的なスピントロニクス材料、希薄磁性半導体(Ga,Mn)Asおよびペロブスカイト酸化物La1-xSrxMnO3の特異な表面状態を詳細に調べました。今回の研究では、硬X線というエネルギーの大きいX線を用いることによって、デバイス材料の表面だけではなく、内部の電子の性質も同時に調べることができました。さらに、用いるX線のエネルギーを段階的に変化させることで測定可能な深さを調整し、表面状態の厚さおよび境界の急峻さを定量的に測定しました。その結果、以下のことが明らかになりました。
- スピントロニクスデバイス材料内部の電導度が高く金属的かつ強磁性的領域から、表面の電導度の低い半導体的かつ非磁性的な不活性領域への変化の様子を、直接的かつ定量的に測定することに成功しました。
- 内部と異なる表面層の厚さは、これまで考えられてきた0.4nmよりも非常に大きく、(Ga,Mn)Asでは約1nmと数倍であり、La1-xSrxMnO3では約10倍の4 nmもあることが明らかとなりました(図1)。
この研究で明らかになった表面不活性層の厚さは、数十nmサイズのデバイスで用いられる電導層の厚さとほぼ等しく、デバイス開発に深刻な影響を与えていることを示しています。
【研究の位置づけ】
スピントロニクスの研究は、電子の電荷だけではなくスピンも利用して電子デバイスを高機能化することを主な目的として、過去20年間にわたって多くの研究が行われてきました。高度な薄膜成長の制御が可能になったことで、希薄磁性半導体、遷移金属酸化物、およびハイブリッド有機材料に焦点を当てたスピントロニクス材料開発が現在盛んに行われています。次世代デバイスに要求される性能を実現するための鍵の一つは、デバイスに利用される材料の表面における電気伝導性および磁気的性質の制御です。しかしながら、固体の表面付近の物理的性質は固体内部とは一般に異なっています。スピントロニクス材料においては、表面での磁化や電気伝導度の減少(表面の不活性化)が知られていますが、表面と内部を同時に測定する手法が無いために、その深さ分布およびデバイスに与える影響が未解決の問題として取り残されていました。また、スピントロニクスデバイスにおいては、表面から数nmの厚さを利用するため、スピントロニクスに向けた材料開発の指標として、表面からおよそ十nmにおける物性の分析が強く求められてきました。今回の研究により、エネルギー可変型硬X線光電子分光法を用いれば固体内部と表面の状態を同時に測定でき、その深さ分布も定量的に評価できるようになりました。デバイスに用いられる表面の状態とその深さ分布を非破壊で定量的に初めて測定できるようになったため、スピントロニクス材料の開発研究が大幅に促進されることが期待されています。
【掲載論文】
論文タイトル:Quantifying the critical thickness of electron hybridization in spintronics materials.
DOI:http://dx.doi.org/10.1038/ncomms16051
書誌情報:T. Pincelli, V. Lollobrigida, F. Borgatti, A. Regoutz, B. Gobaut, C. Schlueter, T. -L. Lee, D. J. Payne, M. Oura, K. Tamasaku, A. Y. Petrov, P. Graziosi, F. Miletto Granozio, M. Cavallini, G. Vinai, R. Ciprian, C. H. Back, G. Rossi, M. Taguchi, H. Daimon, G. van der Laan and G. Panaccione; Nature Communications, Volume 8, 16051, 17 July 2017.
naistar:http://hdl.handle.net/10061/11751(NAIST Academic Repository:naistar)
【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】
研究内容に関すること
- 国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 凝縮物性学研究室
特任助教 田口 宗孝(たぐち むねたか) TEL:0791-58-0802 (内線3351)
E-mail: [email protected] -
国立研究開発法人理化学研究所 広報室
TEL:048-467-9272 E-mail [email protected]
ビームラインに関すること
-
(理研ビームラインBL19LXU)
国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム チームリーダー
(利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部 物質系放射光利用システム開発ユニット 研究員)
玉作 賢治(たまさく けんじ)
TEL:0791-58-2806(内線3821) E-mail: [email protected]
報道担当
- 国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学 企画・教育部 企画総務課 広報渉外係
TEL:0743-72-5026 E-mail: [email protected] -
国立研究開発法人理化学研究所 広報室
TEL:048-467-9272 E-mail [email protected]
【補足説明】
※1 大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その管理運営は理研及びJASRI(高輝度光科学研究センター)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※2 X線光電子分光:
物質にX線を照射し、試料表面から放出される電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内の電子状態を調べる実験手法。この手法により、物質内の電子のエネルギー分布を直接観測することが可能となる。硬X線内殻光電子分光法、軟X線共鳴光電子分光法などがある。
※3 硬X線内殻光電子分光法:
硬X線とは、3keV~100keVのエネルギーの高いX線を意味する。硬X線内殻光電子分光法とは、硬X線を使って原子に強く束縛された電子を1つ取り出した時に、エネルギー0近傍の電子がどのように開いた穴を埋めようとするかを観測することで、エネルギー0近傍の電子の性質を調べる手法。従来の内殻光電子分光では、用いたX線のエネルギーが低かったため、固体の表面の電子しか調べることができなかったが、硬X線というエネルギーの高いX線を用いることによって、表面ではなく固体内部の電子の性質を調べることが可能になった。