太田淳理事・副学長と土井美和子理事が第8回立石賞を受賞
公益財団法人立石科学技術振興財団から第8回の立石賞を授与された奈良先端科学技術大学院大学の太田淳理事・副学長(功績賞)と土井美和子理事(特別賞)。それぞれの受賞やこれまでの業績、今後の活動に対する思いを聞きました。
人工視覚からバイオ医療デバイスまでの流れをつくることができた
――立石賞の功績賞を受賞されました。どのような研究ですか。
太田理事 功績賞は立石財団から、過去に研究助成を受けた人の中から選ばれます。三菱電機株式会社から奈良先端大に赴任して申請を出し、1年後の1999年度に研究助成を受けました。そのときに提出したテーマが、自律分散的に撮像を行う「非同期動作ビジョンチップ」の研究です。本学に来たばかりで設備が整っていない時期だけに助かりました。この研究の内容をベースにして、次のテーマである半導体集積回路チップを分散させる形の「人工視覚チップ」の研究をスタートさせることができました。そして、脳内埋植可能なイメージングデバイスなどバイオ医療デバイスの流れを作ることができたということは、私としてもすごく感慨深い。ありがたい賞だったと思います。
――受賞を機にどのように研究を発展させられますか。
太田理事 半導体を医療に応用することは、電子デバイスとバイオの境界領域を研究することになります。私の場合、いずれの分野もメインストリームの研究ではないので、どちらの学会からも際立った評価をいただいていなかっただけに受賞はありがたいと思いました。自分が今までやってきたことは、ある程度は役に立ち、皆さんも認めていただいていることなので、これを次のステップに持っていきたい。つまり、研究テーマをもう少し医療の方にシフトしていきたいと思います。
――新たにスタートした本学の次世代生体医工学研究室での研究ですね。
太田理事 半導体技術を使った精神・神経疾患治療への応用です。例えば、うつ病やパーキンソン病の患者のサポートに適用できるような半導体デバイスを研究開発できればいいかなというふうに思っています。これには、光で発光するGFP(緑色蛍光タンパク質)を使うことや、光で脳細胞を刺激して生体の機能をコントロールするというオプトジェネティクス(光遺伝学)の光発光デバイスを使うことを考えています。これらの分野にはLEDやイメージセンサーなどを使いますが、こうしたデバイスも実は日本がすごく得意な半導体の分野です。このような光電子デバイスをうまく活用して、医療に役立てたいと思っています。
※太田理事の紫綬褒章受章インタビューも掲載しています(2024年7月発行)。
https://www.naist.jp/publications/sentan/WEB/special/special_18.html
バックキャスティングな開発がユーザの微笑みを得る
――今回の立石賞特別賞では、土井理事の研究業績に対して「人間中心ヒューマンインタフェース(HI)技術開発の先駆的貢献」という面が評価されました。どのようなお気持ちですか。
土井理事 立石賞特別賞は「人と機械の調和を促進する情報工学の研究」が対象ということです。私が株式会社東芝で研究を始めた1980年代は、機械とユーザの情報のやりとりについて考えるという発想はほとんどありませんでした。その後、30年以上にわたり続けたヒューマンインタフェースの研究の貢献が認められ、「自分の研究の道筋は間違えていなかった」とすごく嬉しい気持ちです。
――東芝に入社されてから、草創期の日本語ワープロの課題だった文書内の図表の表示手法の考案や、携帯電話のiモードで使える世界初の歩行者道案内サービスの開発などを手掛けられました。その成果は、現在もパソコンソフトやスマホのアプリに組み込まれるほど先駆的な開発です。ユニークな発想の経緯を教えてください。
土井理事 まず、ワープロで作成した文章が参照する図表を割り付けられるように、文書を構造化し、図表を自在に割り付けて視覚化する体系を開発しました。当時のワープロは、あらかじめ参照する図表の枠をページごとに割り付けておく方式でした。だから、段落を入れて文章を追加すると小さな図表は共に移動できずに、文章の内容と参照したい図表の位置が離れてしまうことになります。そこで、小さな図表は、参照すべき文章の段落に移動させる「アンカリング」の手法を考案するなどユーザの立場で考えることを心がけました。
――2000年に開発された歩行者道案内サービスは、携帯電話のために、パソコンの地図画像をテキストに変換して道順を案内する「駅探ドット・コム」のiモード向けのアプリでした。携帯端末のウェアラブル(装着型)サービスの先駆けとなりましたね。
土井理事 東芝では、当時、ユーザに対し、パソコンの画面に地図を表示して道案内や乗換案内を行っていました。しかし、携帯電話は文字しか表示できない機種がほとんどだったため、画像ではなくテキストで説明することが必須でした。特に五差路などさまざまな形状がある交差点での説明はネックになりましたが、地図図面から読み取った各交差点での進路変更角度などの情報をパラメーター(変数)化することで解決しました。その結果、目的地まで行く途中で、交差点に立ったユーザに対し「次の角を〇〇方向に曲がって〇〇まで進む」など目的地までの経路を自動的に文字表示することができました。この方法だとテキストを音声に変換して視覚障がい者らの道案内にも役立てることができます。
――さらに、ウェアラブル健康管理システムのツールとして、腕時計型生体センサも手掛けられました。手首を動かすときの加速度を測定し、歩数や動作状況を認識するなどいつでもどこでも手軽に健康状態を知り、自己管理できる装置でした。このようなユーザが受け容れやすい開発は、どんな観点から進められましたか。
土井理事 今は歩数計などを組み込んだスマートウォッチが普及していますが、開発当時は、歩数計は、腰に装着しないと測定できないというのが技術的な常識でした。しかし、特に女性は「腰に付けるより、腕に装着したい」という思いが強いことなどから、目標を腕時計型としました。つまり、当時の技術水準を出発点に開発を進めたのではなく、まず「ユーザの使い方」を設定し、それを到達点として逆算した研究の道筋をたどり、技術開発を行う「バックキャスティング」の発想で行ったのです。それが、「ユーザの微笑み」を得る成果につながったと思います。
――今回の受賞を踏まえ、奈良先端大の理事という立場から、本学の研究活動に期待されるところはありますか。
土井理事 今回の立石賞で太田淳理事・副学長が功績賞を受賞されましたが、その意味でも優秀な研究者を輩出してきた大学と思います。特に、若手の先生が多いので、研究教育が活発に行われ、さらに、留学生が多いことも多様性という面で大学のよい環境を保っています。6年前に情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3研究科が融合し1研究科体制になりましたが、融合分野から新しい分野が生まれることが重要で、ワクワクするような研究成果が出てくることを期待しています。
土井美和子理事プロフィール
1979年に東京大学大学院工学系電気工学専攻修士課程修了後、株式会社東芝に入社。株式会社東芝研究開発センター首席技監などを務めました。奈良先端大では経営協議会委員のあと2019年に理事(科学技術政策動向・社会連携担当)に就任。また、独立行政法人情報通信研究機構監事、東北大学理事を務めています。趣味はユニークで、地元の年一回の祭りで神輿を担ぎ、盆踊りの太鼓を叩くこと。年間スケジュールにも入れています。
表彰式と記念講演
表彰式・記念講演は、2024年9月26日(木)にホテルグランヴィア京都にて開催されました。
受賞者4名のうち2名が本学関係者ということもあり、当日は塩﨑学長や加藤理事・副学長、西村理事、横矢前学長などが駆けつけました。 まず、立石財団の立石文雄理事長より、太田理事、土井理事ら4名の受賞者に表彰状およびトロフィーの贈呈が行われ、受賞者からは喜びの声とともに、関係者への謝辞が述べられました。
その後、各受賞者による記念講演が行われました。太田理事は「CMOSデバイスのバイオ医療応用」、土井理事は「人間中心ヒューマンインタフェース技術開発の先駆的貢献ーゴールはユーザの微笑みー」と題して講演され、参加者は関心のあるスライドを撮影したりメモを取ったりと、興味深く聴講していました。
両理事と立石文雄財団理事長
立石賞とは
技術革新と人間重視の両面から、最適な社会環境の実現に貢献する顕著な業績を上げた研究者を顕彰するため、立石財団設立20周年の2010年に創設されました。功績賞と特別賞の2つで構成されており、功績賞は、過去に財団から研究助成を受け、それを発展させた研究者が対象となり、特別賞は、日本発の研究・技術開発で顕著な業績を上げた研究者に授与されます。
立石賞 特設サイト
https://tateisiprize.org/