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大学と企業の相互理解で大学院生のスキルを活かした就活を
奈良先端科学技術大学院大学と、理系大学院生の就職支援などを行う株式会社アカリクは7月18日に相互連携協力に関する協定を締結しました。産業界で理系人材のニーズが高まる中、大学院生の就活やキャリア形成の課題を検討し、共に推進するための包括協定です。そこで、本学の塩﨑一裕学長と株式会社アカリクの山田諒社長が、大学院生のスキルアップや広がる進路の選択、大学や産業界の動向などをテーマに対談しました。
研究を優先しながら、就活の成果を最大に
塩﨑学長 奈良先端大は、学部がない大学院大学という大きな特徴があります。その中で修士課程(博士前期課程)や博士課程(博士後期課程)の学生に対するキャリア支援は、総合大学などの学部学生対象の支援とは全く異なった内容になります。
いま、理工系の博士人材、特に高度情報社会を支える人材について、伝統的なアカデミアのキャリアだけでなく、社会の変化に即応した技能技術や知識を活用する幅広いキャリアを視野に入れた教育が、大学としての課題です。文部科学省や経団連でも、博士人材の活用について議論されています。その中で、アカリク社との協定締結・連携によって、博士人材のキャリア拡大を図るとともに、博士人材を産業界がより積極的に活用する道を発見できることを期待しています。
山田社長 アカリクは、「アカデミー」と「リクルート」を合体した略称を社名として掲げ、2010年に設立しました。以来一貫して大学院生、ポストドクター(博士研究員)、研究者の就職、キャリア支援を行っている会社です。創業当時、民間企業の学部卒の採用には、潜在的な能力を重視する「ポテンシャル採用」、大量採用という背景がありました。一方で博士課程の学生は非常に優秀だが、自身は民間企業にあまり興味がないため、アカデミアに残ることが既定路線との考え方が一般的でした。そういった異なる事情がアカリク創業の背景です。アカリクは、企業理念として「知恵の流通の最適化」を掲げています。大学院生、特に博士の方々が知恵をもっと広く社会や産業界に還元すれば、生活を豊かにする社会的なサービスや、高度な実用技術の開発につながるはずです。
今回の提携については、奈良先端大のキャリア支援室の負担軽減はもちろん、研究が第一と思っている大学院生が研究の合間に行う就活が重荷にならないように、可能な限り、少ない工数で最大のリターンを得られる状態をつくりたいと思っています。
このため、就活の時に、奈良先端大と企業の橋渡し役としてうまく機能できるように考えています。企業の選択に必要な情報を大学に提供させていただく一方で、企業側に大学の意向を伝える。まさに少ない工数で最大のマッチングというところを念頭に、就活を成功させていきたいと思います。
塩﨑学長 実際に就職活動の期間は伸びる一方で、学生にとってもかなりの負担です。特に、学部がない本学の修士課程は、実質、二年間で分野の基礎を学び、かつ修士論文の研究を仕上げることになります。就活に時間を取られると、教員も論文指導しきれないという状況もあり、改善の余地があると思っていました。
山田社長 研究ファーストを維持すべく、就活の工数削減に努めたいと思います。
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企業の求めるスキルが多様化
塩﨑学長 いま人手不足や理工系人材に対するニーズの高まりとともに、博士課程を含めて本学修了生の就職率自体が非常に高くなってきています。それはもちろん本学キャリア支援室の、大学院生に特化したキャリア支援という経験の積み重ねや、企業とのネットワークの構築も背景にあります。ただ、就職率でこれ以上の伸びしろはあまりないとはいえ、学生の負担軽減などで就活の質を上げることができればという期待はあります。また、大学院卒の人材の活躍の場が広がることが非常に大事で、大学院で研究した分野だけではなく、研究活動で身につけた技能が生かせる分野を見つけてほしい、例えば、課題を見つけて情報を集めたり、仮設を立てて結論を得る思考法などのスキルは、社会のさまざまな場で活用できます。それは学部卒よりも高いレベルのスキルであると自信を持ってもらいたい。企業の方にも大学院卒の高いスキルを知っていただきたいと思います。
山田社長 理工系人材の就職率は全体的に上がってきてはいます。ただ、その大学院卒のキャリアパスをさらに広げるという意味合いだと、まだまだ伸びしろが非常に多いと思っています。最近、「ジョブ型雇用」という形で研究の目的に合った専門性を持つ人材を採用する企業数が拡大しつつあります。大学院生が研究で行ってきたテーマに合致すればベストですし、その先行研究や周辺の領域に関して、専門性がある人材を採用するケースも増えています。
一方で、大学院生が研究で培った高いスキルには、専門性が必要な研究開発だけでなく、ビジネスなどにも有効活用できる「トランスファラブルスキル(移転可能な技能)」が含まれているという魅力についても企業側に理解を深めてもらう必要があると思っています。大学院生もこうしたスキルの活かし方を知ることで就職先の幅を広げ、キャリアパスの最大化につながると思います。アカリクでも大学院卒の方を招いて経験談を話すイベントを開くなどして、学生の方の理解を深めていきたいと思っています。
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大学院生の進路が広がった
塩﨑学長 実際に就職率という形で数字に表れるので、学生たちの意識もだいぶ変わってきています。かつてほど博士課程を含めた大学院生の就職が困難という意識がなくなってきた。ですから、必ずしもアカデミアの研究者にこだわらず、自分のキャリアパスとして企業への就職を通常の選択肢として考えるようになっています。本学の場合、学部がないという大きな特徴があり、研究室にさまざまな大学の学部の卒業生、留学生が所属する中で、キャリアに対する多様な価値観が混在し、刺激しあって、アカデミア一辺倒でない柔軟な考え方が生まれています。本学のメリットのひとつは多様性あるカルチャーを育む教育研究環境であり、理工系人材に対するニーズの変化にマッチし易いと思います。
山田社長 大学院卒の方を採用いただいた企業の話を伺うと、大学院生の魅力を実感され、「次回も採用したい」と言われるケースがほとんどです。このことからも、経常的な採用の入り口を設けることがアカリクのミッションだと思っています。企業側からは「自走力が高い」「一教えれば十理解し、そのプロセスまで自分で考えられる」との評価があり、こうした採用のメリットをアカリク社がアピールし、徐々に浸透しています。さらに、会社の取締役などボードメンバーに博士卒の方が加わったり、工場の現場責任者に博士卒の方を採用したりするケースも増え、博士人材の採用後の進路も広がりつつあります。
企業経営に参加する博士人材
塩﨑学長 米国で大学教授などを20年近く勤めましたが、日本と米国では博士人材の進路が大きく異なっていることを感じました。例えば、今、米国の企業経営者の7割は大学院卒ですが、日本は2割です。日本の企業トップの中には「わが社は基礎研究をしていないので大学院卒は採用しない」などとおっしゃる方がいらっしゃいます。米国でもかつては大学院卒の主な進路はアカデミアでしたが、半導体企業で博士人材が経営陣に加わったり、グーグル社を博士課程の学生が創業したりと活躍の幅が広がって産業界でも高く評価されるようになり、学生の進路選択の意識が変わっていきました。いま、日本の産業界でも理工系人材のニーズが高まっており、これを博士人材に対する意識改革のチャンスだと捉えることができます。
山田社長 そうですね。外資系の経営コンサルタントを行う企業などでは、博士人材専門の採用担当者を配置するといったケースが増えており、博士に対するリスペクトや企業人材としての価値の高さを理解されていると強く感じます。日本の大企業を含め積極的に採用される会社もありますが、まだ少ない。この理工系人材のニーズが高まっているというタイミングが、博士人材シフトに潮目を変えるチャンスだと思います。
塩﨑学長 大学と産業界の間で、博士人材についてのコミュニケーションの場が限られており、その真の価値の理解が進んでいないところがあります。企業とのネットワークを多く築いておられるアカリク社が、大学と産業界をつなぐプラットフォームとなり、インターフェイス(橋渡し)の役割を果たしていただけるのではないかと期待しています。相互理解を深めるための機会づくりや活動などに大学もコミットし、共創していきたいと思います。
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教育プログラムやイベントでスキルアップ
山田社長 アカリクでは、イベント企画のひとつとして博士課程の学生による「アイデアソン」を行っています。企業側の課題に対し、学生側がグループワークで解決策を提示するのですが、毎回、その回答の質の高さに驚かされます。このようなイベントを通じて企業の経営層や人事担当の方に博士人材のスキルの高さを理解してもらい、採用の間口を広げたいと思っています。また、学生側も、「今行っている研究の出口を探していましたが、意外な分野の社会問題の解決に活かせるかもしれない」と視野を広げたうえ、業種や会社の規模によって事業の課題が異なることを知り、就職先の選択にも影響があったようです。このような企業、学生、大学の接点の機会はさらに設けたい。本音で意見を交換し、たとえ結論が出なくても、それぞれの価値観を知ることで、博士人材にとっても新たな就職の道が拓けると思います。
塩﨑学長 本学では「アントレプレナーシップ教育(起業家教育)プログラム」を行っています。それは、情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3領域を越えて学生が混成チームを作り、研究成果をビジネスや起業に役立てたり、社会課題の解決に応用したりするための議論を重ねるものです。そこで学生は、様々な刺激を受け、多面的な見方を身につけて視野を広げていきます。こういったカリキュラムも博士人材の多様なスキルをさらに向上させる教育効果があると思います。
山田社長 企業としても、「この事業は、コストがかかるから中止する」といった固定観念で行った判断を、制約にとらわれない学生の斬新なアイデアにより考え直すという傾向が出てきていて、アカリクでも、そのような趣旨のイベントを開いたことがあります。その結果、全く想像もしていなかったことを別の角度から提案されて、事業展開を見直すこともありました。学生の頭脳の中に眠っている知恵をこのように活かせることは、いろんな企業に知ってもらいたいと思います。
ダイバーシティ社会が新たなスキルを生む
塩﨑学長 今はダイバーシティ(多様性)を意識されている企業も増えてきていて、例えば、学部卒が社員の大半である企業の中に大学院卒が入社すると、また違った視点やアイデアが生まれてくるでしょう。企業が多様性という視点でも大学院生に興味を持ってくれるようなことがあってもいいと思います。
山田社長 そうですね。さらにダイバーシティに関して、留学生にも注目しています。アカリクで行う人材紹介サポートのうち3割は留学生で、ベースのスキルが高く、本当に日本が好きな学生が非常に多いと思っています。ただ、採用時に一定の日本語スキルでフィルタがかけられてしまう背景があり、その課題を長い目で見てあげれば、局面が変わると思います。そこで、アカリクでも日本語サポートの事業化ができないか検討しているところです。
塩﨑学長 奈良先端大の場合、特に博士課程に留学生が多く、修了後も日本に残って働きたいという方も増えてきている中で、その就職支援は企業の多様性を増やすという面で大きなプラスになることだと思います。学部では講義を受けることが中心なので、日本人だけのグループ、留学生だけのグループに固まってしまいがちですが、大学院大学である本学では、研究室で日常的に留学生と日本人学生が共に研究に取り組んでいます。そうすることでコミュニケーション能力が高まり、実践的な語学力も向上します。このような経験が社会に出ても役立つと思います。
山田社長 すごく貴重な経験だと思います。日本語と英語でコミュニケーションをとりながらプロジェクト進めていく。さまざまな経歴を持った方々が共に研究する。ダイバーシティの中で経験を積み、スキルアップした奈良先端大の学生が、いろんな民間企業のプロジェクトリーダーやマネージャーのようなポジションについたときに、留学生をはじめ多様な人材とコミュニケーションを取りながら、グローバルな視野でプロジェクトを進められることでしょう。
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